2023-01

おすすめコース

城址周辺コース 約2.4km (所要時間:1時間15分程度)

ルート紹介(テキスト) ルート紹介(テキスト) ①矢島駅 ↓ 450m(徒歩6分)②大井家住宅 (周辺史跡等「斎藤寅次郎宅跡」)↓ 100m(徒歩2分)③愛宕西宮神社 ↓ 220m(徒歩3分)④旧佐藤政忠家住宅 ↓ 140m(徒歩2分)⑤鳥...
おすすめコース

寺院コース 約4.3km (所要時間:2時間程度)

ルート紹介(テキスト) ルート紹介(テキスト) ①矢島駅 ↓ 700m(徒歩9分)②民部坂(周辺史跡等「乾田馬耕碑」「水神様と不動の滝」) ↓ 200m(徒歩3分)③金刀比羅神社(周辺史跡等「河西家住宅」) ↓ 350m(徒歩5分)④曹洞宗...
おすすめコース

資料館コース 約3.8km (所要時間:1時間半程度)

ルート紹介(テキスト) ルート紹介(テキスト) ①矢島駅 ↓ 1.6km(徒歩21分)②土田家住宅(周辺史跡等「根井館」) ↓ 1.7km(徒歩22分)③矢島郷土資料館 ↓ 500m(徒歩7分)④矢島駅 資料館コース ①矢島駅 ↓ 1.6k...
おすすめコース

交通・宿泊・食事・お土産など

鉄道・タクシー 由利高原鉄道(株)秋田県由利本荘市矢島町七日町字羽坂21-20184-56-2736 (有)ハートワン交通 矢島営業所秋田県由利本荘市矢島町七日町字羽坂21-350184-55-2246 (株)鳥海観光 タクシー秋田県由利本...
お知らせ

2023年度「六郷氏・岩城氏・打越氏 由利本荘市入部400年記念事業」の実施について

2023年度「六郷氏・岩城氏・打越氏 由利本荘市入部400年記念事業」の実施について
0101八森城址

矢島駅

概要 矢島駅は鳥海山ろく線の終点駅であり、地域の交通手段、鳥海山観光の玄関口として利用されております。矢島線は大正11年に横(おう)荘(しょう)鉄道株式会社が羽後本荘から中間の前郷(まえごう)駅までの部分開業をいたしましたが、昭和12年に国...
0102日新堂跡

八森城址

概要 八森城址は、由利十二頭の一人、大井氏の古城として伝えられています。元和9年(1623)には打越(うてつ)光隆(みつたか)が矢島領主として八森城に入っており、令和5年には400年の節目を迎えました。その後、家臣の騒動により領地没収となっ...
0101八森城址

日新堂跡

概要 日新堂(にっしんどう)跡日新堂は、十二代生駒(いこま)親(ちか)道(みち)が矢島に初入部の弘化元年(1844)に創設されました。(1854の説あり)藩士の子弟を教育するために設立された学校で、医学を学ぶ医学館と道場を併置し、学頭今井光...
0101八森城址

矢島神社

概要 矢島神社は、明治16年(1883)、旧矢島藩士約140名と領地民の有志代表が、初代藩主生駒親正の徳を称えるため建立された神社です。明治31年(1898)には最後の藩主生駒親(ちか)敬(ゆき)が、合祀されました。毎年5月13日には、祭典...
0101八森城址

斎藤佳三顕彰碑

概要 斎藤佳三(かぞう)顕彰碑斎藤佳三(かぞう)は、明治20年矢島地域舘町の斎藤忠一郎の長男として生まれました。東京音楽学校に入学中退し、その後東京美術学校に入学。卒業後、親交のあった山田耕筰(こうさく)らとともに大正元年ドイツに留学し、構...
0101八森城址

土田衡平碑

概要 土田衡平碑(こうへい)碑土田衡平は、安政の末に、矢島藩士として江戸に置かれた矢島藩の屋敷、藩邸にて書記役を務めておりましたが、家老と激論の末脱藩。尊皇攘夷の念に燃えて筑波山事件の策士として挙兵に参加し、幕府及び諸藩の兵と戦い活躍しまし...
0101八森城址

矢島招魂社

概要 矢島招魂社招魂社の創建は明治2年7月28日矢島地域元町根(ねの)井館(いだて)に戊辰の役戦死者7柱祀られたことからとされております。明治4年5月現地に移転しております。祭神は、戊辰の役7柱、日清戦争15柱、日露戦争34柱シベリア守備2...
0101八森城址

天満宮

概要 天満宮天満宮には、学問の神様、天神様が祀られており、その昔は福王寺のあたりに社がありました。現在の場所には大正時代に移転され、例祭には、氏子や関係者が参拝するほか、矢島小学校児童が書道作品を奉納し、子どもの健やかな成長と、学業成就など...
0301龍源寺

金刀比羅神社

概要 金刀比羅神社(ことひらじんじゃ)金刀比羅神社は、生駒高俊公が寛永17年(1640)に讃岐から国替えされた際に、日頃信仰の厚かった領内の象(ぞう)頭山(ずざん)金毘羅(こんぴら)大権現(だいごんげん)の神霊を分霊し、従来から打越氏が鬼門...
0503民部坂

河西家住宅

概要 河西(かわにし)家住宅河西家は、生駒高俊公が讃岐国17万石から1万石で矢島に移封された寛永17年(1640)に随行してきた武士の家で、矢島13代親敬公の明治維新まで230年間、目付・代官等の責務を遂行した家でもあります。現在の河西家は...
0502河西家住宅

民部坂

概要 民部(みんぶ)坂当時、年貢は八森城の裏口より納められておりました。民部(みんぶ)坂は八森城の裏手にあたるため、農民は荷車に年貢を積んで、石畳の坂を上ってきたとされております。民部坂という名前の由来は、坂のところに桜庭民部が住んでいたこ...
0502河西家住宅

水神様と不動の滝

概要 水神様・不動の滝矢島町家中の河西家のあたりに住んでいた生駒藩士櫻庭佐左ヱ門が願主となり、安政6年(1859)に当時多発していた災害防止を祈願するため、姻戚関係のあった御典医(ごてんい)の相庭家所有地に、丁内有志と共に不動明王碑を建立し...
0502河西家住宅

乾田馬耕碑

概要 乾田馬耕碑(かんでんばこうひ)明治時代まで、地域の稲作の多くは湿田で行われ、人の手による田起こしが主流でした。明治34年(1901)矢島町木在の三浦芳治は、こうした状況から米質の改良と生産性を高めるため、湿田から乾田。そして人力から馬...
0801福王寺

歴史交流館「八森苑」・「道益苑」

八森苑 概要 八森苑(はちもりえん)八森苑は、四国高松の栗林公園の創始者佐藤道益(どうえき)の子孫が居住した家屋で、平屋の方は、戊辰の役で消失し、現在の家屋は戊辰の役後に建て直されたものです。この建物の特徴は、格式を重んじた上級武士の住居と...
2001愛宕西宮神社

旧佐藤政忠家住宅

概要 旧佐藤政忠(まさただ)家住宅佐藤政忠住宅は、生駒家の重臣である加川退蔵宅として、明治2年(1869)に建てられた武家住宅です。加川退蔵は、江戸家老でありましたので、建築間もない明治5年に江戸へ戻ります。その後、別の家臣である佐藤政忠が...