根城館

根城館

概要

根城館(ねじょうだて)
応仁元年(1467)由利郡に十二頭の地頭が下されたが、これを由利十二頭といい、この時代はおよそ130年間続きました。
信州小諸(こもろ)在(ざい)大井(おおい)の庄(しょう)から矢島の主となって下った大井義久は、この根城館と八森城を築きました。
四代 大井五郎満安は十二頭随一の剛勇をもって闘い、十二頭の旗頭(はたがしら)仁賀保氏と戦いを交えること数度、常に優勢でありましたが、文禄元年(1592)由利全郡の総攻撃をうけて荒倉館(あらくらだて)にて敗れ、西馬音内(にしもない)の小野寺茂(しげ)道(みち)に落ちのびて、自刃(じじん)して相(あい)果て(は)たとされています。

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詳細

応仁元年(1467)由利郡に十二頭の地頭が下されたが、これを由利十二頭といい、この時代はおよそ130年間続きました。信州小諸在大井の庄から矢島の主となって下った大井義久は、この根城館と八森城を築きました。四代大井五郎満安は十二頭随一の剛勇をもって闘い、十二頭の旗頭仁賀保氏と戦いを交えること数度、常に優勢でありましたが、文禄元年(1592)由利全郡の総攻撃をうけて荒倉館にて敗れ、西馬音内の小野寺茂道に落ちのびて、自刃して相果てております。

郭は約0.8㎢程。凡そ四段階状の台地をなし、その南西最後部が主郭と考えられております。その台地には、石垣、古井戸跡などがあります。礎石と考えられる石が所々に現存するが、開畑の際、多くは砕かれてしまい、現在は、旧状を考察し難い。郭の東部に約1ha程の馬場跡と称される平地があり、その南側に土塁があります。高さ4.7m、基礎幅7.5m、上幅2.8m、長さ48m。馬場跡の近く、丘陵の先端に大井氏の守護神八幡神社の社殿あり。現在の社殿は、万治2年(1659)の再建になり、秋田県文化財の指定を得ております。
郭、土塁の南側に広がる平地は現在は田地でありますが、往時は家臣団の住居跡で広さは約2.5ha。広範な大地を囲んで所々に空堀等が現存しております。八幡神社台地の下斜面に見られる空堀、土塁、堅堀の状況は、今も往時の状況を知るにふさわしい。
南部の山麓に高建寺跡、当時の家臣団の五輪墳墓、板碑等があり、八幡神社境内にも板碑が現存しております。
家臣団の跡地より、陶片の出土あり。
館主は大井氏。満安の時、仁賀保氏との抗争激化し、新荘館へ移りました。

マップ

秋田県由利本荘市矢島町荒沢字根城舘地内

根城館
ねじょうだて
Nejodate Castle ruins


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